東京高等裁判所 昭和31年(う)2842号 判決
被告人 ウエスリイ・ケイ・大山 外一名
〔抄 録〕
N弁護人控訴趣意第一、について。
所論は要するに、原判決は法令の適用に誤があるとなし、原判示第三、の事実に関し、判示拳銃及び実包は、被告人に対しその所持しないことを期待し、あるいは法律に定められた許可を求めることを期待することが一般社会通念に照し不可能なる場合に該当し、被告人に対する責任を阻却するものであるとして、その理由として、判示拳銃及び実包は、被告人が昭和二五年頃日本における身辺保護の目的で米国より持参して憲兵隊に登録し、その後本件により押収せられるまで自宅において所持していたものであつて、既に憲兵隊に登録した以上占領下の日本において他にいかなる手続をも要しないものと確信したものであるから、この確信については相当の理由がある。殊に当時実際上日本の法令が米国人に対し適用せられていなかつた実情より考えれば、被告人が日本法たる銃砲刀剣類等所持取締令並びに火薬類取締法により所持を禁止せられ或いは許可を必要とすることは到底知り得べからざる事項であり当時の状況として被告人に対してこれを期待することは社会一般常識に照し不可能である。従つて本件は期待可能性のない行為であつて違法性若しくは責任を阻却すると解するを相当とすると主張し、仮に然らずして本件を法律の錯誤と解するもその錯誤したことにつき相当の理由があり全く過失がない場合に該当し従つて故意を阻却し無罪であるとの旨主張する。
然し乍ら、被告人大山の一九五一年一月四日付憲兵司令官に対する「私有鉄砲の登録願」と題する書面によると、同被告人が一九五〇年六月一六日付憲兵司令部回章第一一号三二により本件拳銃及び実包を憲兵司令官に登録申請したことは認めるに足りるけれども、右書面には登録許可欄に許可責任者の署名を欠いているのであつて憲兵司令部において登録を経ているものと認め難いばかりでなく、昭和二五年一〇月一八日付「民事及び刑事裁判権の行使に関する覚書」に基く「連合国人に対する刑事事件特別措置令」(昭和二五年政令第三二四号)により同政令第一条第一号所定の占領軍要員を除く連合国人に対しては、わが国が公訴権並びに裁判権を行うことを得るようになり、占領軍要員でない連合国人の被告人大山に対しても、日本国との平和条約の発効を待たず、右政令の施行された昭和二五年一一月一日以降銃砲刀剣類等所持取締令及び火薬類取締法が適用されるに至つたのであるから、右被告人はその当時から右法令によつて所定の手続の履践を要求されていたのであつて、此のことたるや当時普く周知徹底せられたものであることは公知の事実であり被告人の当公廷の供述によるも、昭和二五年一一月一日以降においては、占領軍人、軍属等の占領軍要員でない被告人の如き連合国人が日本の裁判権に服することは、被告人において充分知つていたところであり、況んや原判示第三、の事実たるや、昭和二八年一月下旬頃における拳銃及び実包の所持に関するものであつて、右は日本国との平和条約発効後におけるものであることが極めて明らかであるから、右被告人が前記法令に基きその所持をやめ、又は右法令所定の許可を求める手続の履践を期待できない場合として、右被告人の判示第三、の行為の違法性若しくは責任を阻却するものとは到底なし難く、又以上の諸事情に照せば右被告人が右の如く法律の錯誤をしたことについて過失がなかつたものとは到底認め難く、原判決にはいささかも所論の如き法令適用の誤は存しない。論旨は総べてその理由がない。
(工藤 草間 渡辺好)